●本間、その後の投球内容
パのレギュラーシーズンが終わり、セもレギュラーシーズンが14日に無事終了。そしてパのプレーオフは千葉ロッテが制し、31年ぶりのリーグ優勝を決めた。
さて、新潟県出身の現役選手で唯一最終戦まで一軍にいたのはヤクルト・本間忠(新潟市新津出身、日本文理高-日本文理大中退-ケンタッキーサンダーズ・野田サンダーズ)。
前回のエントリー(本間、最近5試合の投球内容)以降、1試合にだけ登板した。
横浜-ヤクルト20回戦(横浜) テーブルスコア -日刊スポーツ
9日の横浜20回戦(横浜)は3-3のまま延長に入り、遂に12回裏まで進んだ。
その12回から1イニングを任された4番手の吉川が振るわず、あと一人でドローというところで村田に四球(代走・藤田)、更に相川に中前打(代走・北川)されて二死一、二塁と、土壇場に来てサヨナラのピンチを招いてKO。代わって5番手で登板した本間だが、代打・古木が初球を打ち上げて中飛という呆気ないゲームセット。あっさりとドローに持ち込んだ。
1/3回、打者1人、1球、無失点
11試合、0勝0敗、1.93
結局これが本間の今季最終登板となったが、終盤戦からの戦列復帰とはいえ、最後までロースターを守り切った。

若松監督涙のラスト「7年間ありがとう」 -日刊スポーツ
勇退・若松監督“涙の胴上げ” -スポーツニッポン
若松監督“やさしく”舞った…みんなで贈ったラスト白星 -サンケイスポーツ
それを象徴したのがこの一枚。最終戦まで一軍に残れなければ、こういったセレモニーのひとコマで見切れることなんて、絶対にないんだから。
14日、両リーグの公式戦ラストゲームとなった横浜最終戦(神宮)では、若松監督の勇退セレモニーが行われ、選手らから胴上げされた。01年の優勝時には「宙返り胴上げ」と「ファンの皆さん、おめでとうございます」で大いに沸かせた若松監督だが、持病の腰痛を気遣われ、背中を支えられながらの胴上げとなった。若松監督はセレモニー後「息切れしたよ」とほっとした表情を見せ、「日本一とは違った感慨があった。これで終わりかと思うとね」と7年間を感慨深げに振り返っていた。しかし、試合終盤から時折目に光るものがあった事に関しては「あれは涙じゃない。汗だよ」とおどけて、照れを隠し続けていた。
ともあれ本間、終盤戦の活躍で背水こそ脱したかもしれないが、中継ぎ陣は来季も競争激化が予想される。気を抜かずに精進を続けて欲しい。
そして来季は、いよいよ古田会長アニキ改め監督アニキがプレイングマネージャーとして、新たな道を切り開いてゆく―はずだ。
ところで、以前にも触れたが、ロッテ・宮田隆編成部長は元サラリーマン。大学卒業後に大手旅行代理店に就職したが、実は最初の赴任地が新潟で、あの87年の佐藤池に於けるサスペンデッドもスタンドで体験しているのだ。その後転職し、BBMへ。ロッテのノベルティ関連の営業担当などを経験し、それが縁で球団幹部に請われ、球団フロント入りした。
現在はフロントで、スカウトやチーム編成を受け持つセクションを取り仕切っているが、今井啓介(中越高)については、新潟時代のコネクションを基にスカウティングしたとか。同じく新潟に情報網を持つ広島との争奪戦は、ウエーバー制の悪戯で後塵を拝す結果となったが、それにしても妙なところに縁があるものだ。
宮田さん、リーグ優勝おめでとうございます。











