●ロペス大爆笑2005
開幕以来主軸を任されているものの、なかなか結果を残すことができない東北楽天 ルイス・ロペス。

但し、このエントリーのテーマはロペス本人ではなく、楽天の応援についてだ。
本拠地のフルキャストスタジアム宮城は、ドラム以外の鳴り物の使用が禁止されているため、楽天の選手別応援テーマを聴く機会はあまりない。かつての藤井寺のようにメガホン叩きながらデカい声で歌ったところで、それら応援テーマはファンにはまだまだ全然浸透していないため、歌声もまばら。それ故、どういう曲でどういう歌詞なのかも今ひとつ解らない。
しかし関東では、応援団が笛とトランペットも使用した応援を行っており、選手別テーマも充てられている(但し、ペットもドラムもリードも現段階では物凄く下手だ、という註を付けなければならないが)。基本的には、各選手の前所属球団の応援団から好意で拝借したテーマが充てられているが、その中でも衝撃的なのが、このロペスのテーマだ。
ロペスは今季初来日。故に元々テーマなどなかったため、こんな歌詞の曲が充てられたのだ。
ロ・ロ・ロペスのワンマンショーピッチャーキャッチャー 顔なじみ
かまして頂戴!今日もまた
誰にも遠慮はいりません
そうなんです。衝撃も衝撃なんです。
何と原曲は「ドリフ大爆笑のテーマ」なのだ。
ドリフ大爆笑 オープニングテーマ
ド・ド・ドリフの大爆笑チャンネル回せば顔なじみ
笑ってちょうだい今日もまた
誰にも遠慮はいりません
ド・ド・ドリフの大爆笑5人はますます元気です
今日のテーマは何だろな
力一杯ぶつかるぞ
ド・ド・ドリフの大爆笑ゲストも楽しい人ばかり
てぐすね引いて待ってます
これをみなけりゃ損をする
ド・ド・ドリフの大爆笑兄さん姉さんパパにママ
じいちゃんばあちゃんお孫さん
揃ったところではじめよう
揃ったところで はじめよう

しかも、しかもである。コレには更なる考えオチが含まれているのだ。
実はこの「大爆笑のテーマ」は更に元を糺せば、戦時歌謡「隣組」の替え歌なのだ。
隣組
作詞・岡本 一平作曲・飯田 信夫
歌・德山 璉
とんとんとんからりと隣組格子を開ければ顔なじみ
廻して頂戴回覧板
知らせられたり知らせたり
とんとんとんからりと隣組あれこれ面倒味噌醤油
ご飯の炊き方垣根越し
教えられたり教えたり
とんとんとんからりと隣組地震や雷火事どろぼう
互いに役立つ用心棒
助けられたり助けたり
とんとんとんからりと隣組何軒あろうと一所帯
こころは一つの屋根の月
纏められたり纏めたり
この「隣組」、1940年夏から国民歌謡としてラジオで放送され、同年9月にはレコードが発売された。
今でも旧市街なんかに残ってたりする隣組の制度。その源流は江戸時代の五人組・十人組に由来する。この流れを汲んで、多くの地域に隣組という相互扶助組織が慣習的に存在していた。日中戦争、太平洋戦争と第二次大戦の戦局が拡大していく中、この隣組が政府への戦争協力体制の末端組織として利用されていくことになる。
1940年の内務省訓令によって、隣組は部落会・町内会の下部組織として位置づけられ、防空、防火、防諜、防犯、国民貯蓄、物資配給を円滑に行うための組織となった。1つの隣組は10戸内外とされ、隣組常会には隣組員全員の出席が求められた。また、情報や指示を伝える回覧板が常時回された。
その一方で隣組は、父や祖父、息子を戦場に取られた母子家庭や老夫婦の世帯が多かった当時、生活のあらゆる面を向こう三軒両隣で支え合うための、ご近所同士の互助組織として機能していた。
戦局が悪化し、戦時行政がいっそう圧力を増す中、隣組は最末端の下請機関として厳しい責任を強いられた。生活物資が極端に不足するようになると、それに対応した節食、節約、貯蓄、供出などの役割は、全て連帯責任として隣組に回ってきた。また戦争末期には、防空の基礎単位として、日常的にバケツリレーや竹槍訓練が行われていたという。
当時政府は、衣食住に至るまで国民の生活全般を統制することを目指しており、それをより浸透させるためにこの隣組の制度を利用していた。更には「密告奨励制度」によって、国民が反体制的な行動を起こさぬよう、住民同士を相互監視させるという、物々しい一面も持っていたのだ。
つまりはこの歌、その隣組制度の表向きの利点ばかりを列挙して、軽快なリズムとメロディに乗せて歌う、そんな国内プロパガンダ目的の曲だったのだ。こえーなオイ。それが今や「♪ド・ド・ドリフの大爆笑」だもんな。平和っていいよな。
隣組は敗戦後の1947年5月、ポツダム政令の公布によって廃止。しかし、純粋な互助組織としてはその後も存続し、現在も旧市街などを中心に残っている。
因みにだが、戦時歌謡が戦後になって押し並べて忌み嫌われた中、この「隣組」はメロディと歌詞のコミカルさがウケて、戦後も愛唱されていたそうだ。そんなこともあって、後にこの曲は「大爆笑」のオープニングテーマの替え歌として昇華することになるのだ。
隣組について、ちょっと掘り下げてみた。話を戻す。
まあ「隣組」は、そういう実に物騒な時代の曲だったわけだが、実は内務省の依頼を受けてこの歌を作詞したのは何を隠そう、当時の日本漫画界の大御所・岡本一平。そう、阪神甲子園球場の内野スタンド、ポール際付近を「アルプススタンド」と命名したその人であり、かの巨匠・岡本太郎画伯の実父なのだ。
そして、この岡本家の魂は、球界にもインスパイアされていた。
1959年、「猛牛」千葉茂の近鉄監督就任と共に登場し、昨年限りで大阪近鉄バファローズ消滅と共に封印された(でも近鉄グループ内では今も使われている)「猛牛マーク」。これをデザインしたのは、ご存知岡本画伯だ。

そう。ということは―
つまりロペスは「ドリフ大爆笑」のみならず、「甲子園」と「大阪近鉄バファローズ」、更には「岡本一平・太郎親子」をも背負って立っている男なのだ。更にスケールでっかく言い換えるならば、ルイス・ロペスという男は即ち『日本の近現代文化の縮図』と言っても、決して過言ではないのだ。
さあ皆の衆、ロペス大爆笑様に対して、二礼二拍手一礼を。
<参考>
隣組 -二木紘三のMIDI歌声喫茶












Comments
http://homepage3.nifty.com/ooedopirates/puroyakyuuouenka/new/pl/e/42ropesyamasaki.htm
ルイス・ロペス -大江戸パイレーツ/プロ野球選手応援歌
これが「ガラ~ン!」としたレフトスタンドで奏でられるシーンを想像してみて下さい。
しかも例によって爆敗こいてる場面で、空しくペットが1台というシチュエーションを踏まえて(笑)。
Posted by: お社長の愛人 April 22, 2005 (Fri) 02:21
そう、平和って有難いですね。
本当に戦時統制の「隣組」が、「ドリフ大爆笑」な時代になったわけですから。
ロペス大爆笑大先生様には、今度スタンドから深々と畏敬の念を送っておきます(笑)。
有難や、有難や…
Posted by: お社長の愛人 April 22, 2005 (Fri) 19:51